民藝を訪ねて

日々の暮らしの中であたりまえにある、誰かが作ったであろう器や布や家具。機械で作られたのではなく、人の手で作り出された『民藝』という名のものたちは、ひっそりと、でも何かを言いたげに。柳宗悦らが提唱した『民藝』を現代の時代性にアップデートあるいはチューニングするために、作り手は何を考え、どうアプローチしているのか。そして、新たに生まれる「変化」にどう向き合うのか。

民藝の作り手として活躍する人々の「暮らし」に対する思いや、制作についての考え方にフォーカスし、作り手であると同時に生活者として、ものづくりに携わる姿を追います。

これまでの対話集 第一回 備中和紙 第二回 倉敷本染手織研究所

第二回 倉敷本染手織研究所
石上梨影子
倉敷本染手織研究所
石上梨影子
ISHIGAMI Rieko
対談
プロフィール
おかやま住宅工房
中川 大
NAKAGAWA Futoshi
おかやま住宅工房 中川大

04 柳宗悦の民藝思想に学ぶ。

石上
石上 教科書にしている柳宗悦先生の『工芸文化』に「無事」という言葉があるんですが、これは禅の言葉です。ここに来る生徒さんが「本当にこの言葉の意味がよく分かる」と言われます。今みたいに震災や災害が多いと「事が無い。何も起きない」ということの幸せをかみしめますよね。言葉の意味が実感できるみたいです。
中川
中川 糸を紡ぐ技術だけではなく、教養や自分の軸を定めるために役立つ民藝思想を教えていくということですね。
石上
石上 糸を紡ぐのは…仏教の教えで「他力」と「自力」がありますよね。ものを作った時に、自力で作るのは大変なことなんです。よく外村先生は言っていました。「俺が作った」というそのものは、みんながいいと思うとは限らない。自己を出し過ぎて、いやらしくなる。ところが、何もかも自分がやるのではなくて、他の力も借りると己が消えるからいいものになって、みんなも好いてくれるんだよと。個展みたいに、「俺が作ったものだ!」と主張するようなことはやめなさいと言われていましたね。
中川
中川 他力を入れることで自分の可能性も広げるということでしょうか。
石上
石上 そうです、そうです。民藝思想を知ると、世の中のいろいろなことがわかってくると思います。また、そういう目で見るとものも変わって見えてくるんです。
中川
中川 なるほど。美術論や技術論も教えていらっしゃるんですか?
石上
石上 「美術と工藝との違い」といったことが『工芸文化』の中にきちっと書いてありますので、それを読んで勉強していくと分かってきます。美術はまた違う分野であって、工芸よりも優れているわけではないんだということが分かります。
中川
中川 濃い一年ですね。昔からのやり方を継承されていますが、外村先生から引き継いだ時に新たに始めようとしたことはあるんですか?
石上
石上 一つあります。それは敷物です。昔は、日本の住宅で床の上に敷物を敷くことはほとんどなかったですね。それが今、フローリングがとても増えて、固い、冷たいで、何か敷きたくなる。そういう時に敷物は役に立つんですが、ノッティングはあまり自由がきかなくて、花鳥風月のような模様が出せません。習っていたらいろいろな柄が入ったものを作りたくなりますでしょ。でも必ず変な柄を作る人が出てきます。外村先生は、幾何学的なすっきりとした柄でないと家の中がうるさくなるといって、いやらしい柄が作れないように自由がきかないものしか教えなくなったんです。今は「つづれ織り」も教えるのですが、自由になるので、すっきりした柄になるかどうか、それが私には一番の悩みです。
中川
中川 考え方は変わらないけれど、作品は時代に合わせたものを作ろうということですね。私どもも仕事柄いろいろな家にお邪魔しますけど、民藝が好きな方は、必要なものは自分の好きなもの。いいと思うものしか置かないですよね。
石上
石上 それに、大事に大事に持っていますでしょ。ちょこちょこ変えないですよね。
中川
中川 作り手のことを思うと粗末にできないという思いが、使い手のほうにもあるからでしょう。最近は、洋服とかでもちょっと着られなくなったら処分してしまって、繕ったりしないですよね。繕い方を知らない人もいるんでしょうね。
住宅で根強い人気がある外壁の黒い板でも、昔は三角に組んで縛って中で火を起こして炭焼きにしていましたけど、今は工場で機械で焼きますからね。誰にでも均一に焼けるんです。昔は熟練の職人さんでないと焼けませんでしたから。
石上
石上 私は岡山の出身じゃないので、あの炭焼きの黒い外壁、最初は驚きました。でもあの風情は残すといいですよね。
中川
中川 岡山は干拓地で湿気が多いですから、焼き板は適しているんです。岡山と滋賀県の彦根ぐらいでしか貼っていないと思います。岡山は杉の産地じゃないので、四国の山で採れた杉を焼いているんです。おっしゃるとおり、手間暇かける方が長持ちします。機械で焼くより三角に組んで燃やす方が仕上がりの良いものができるんですが、どうしても単価が高くなります。そのうえ、大量生産、安定供給というわけにはいかない。需要と供給のギャップがあるし、大量に作れないのは織物も一緒だと思いました。こちらで織られているものもそうですが、面白さはやはり、「手仕事」ですよね。味わいも違うし。
石上
石上 手仕事される方は、できるまでが楽しいんだと思います。できたものが日常生活で使えればもっといいですね。
中川
中川 織る工程の大変さを見てしまうと、粗末にできないと思いますね。
石上
石上 もう今の時代は機械で作られたものがほとんどですよね。
中川
中川 ガラスは吹きガラスか工業製品かは、作品の裏を見たらわかりますが、手織りは、手織りか機械織りか、わかるんですか?
石上
石上 どちらかわからない時もあります。でも染料に関しては、植物染料だというのはわかります。化学染料との違いがかなりありますからね。
中川
中川 手織りの作品ができるまでには、いろいろな工程がありますね。糸を紡ぐところから染める、織る、そしてそれを使って何を作るか。
石上
石上 昔は、着物の裁断の仕方は全部決まっていましたけど、洋服になると裁断ひとつとっても使わない部分が出ますね。
中川
中川 着物の時代は、ある意味、合理的だったということでしょうか。
石上
石上 そうですね。裏返しても使えるし、あんなに合理的なものはないです。ただ、機能的じゃなくて、洋服の方が活発に動けますね。
中川
中川 時代によって着るものや生活の道具といったものは変わっていくんですね。そういうことを知ったうえで織物を見ると、また面白さが違いますね。そもそも学校の立ち上げのきっかけが、倉敷紡績の工場の女工さんとして沖縄から来ていた女性たちが戦争で帰れなくなったことだと聞きましたが。
石上
石上 その人たちのために手織りを教えてあげていたんです。そして彼女たちが沖縄に帰った後にこの研究所を作ったんです。織り方を教えるのではなくて、思想的なことを教えたんだと思います。だって沖縄の人たちは親が着物を家で織っていますからね。外村先生が「沖縄独特の芭蕉布をずっと繋いでいきなさい」とアドバイスされたんです。沖縄の伝統を絶やさないようにということを伝えたかったんじゃないでしょうか。
中川
中川 考え方の継承ですね。それを生活とか生きていく拠り所にしなさいということだったんでしょうね。
【つづきます】