民藝を訪ねて

日々の暮らしの中であたりまえにある、誰かが作ったであろう器や布や家具。機械で作られたのではなく、人の手で作り出された『民藝』という名のものたちは、ひっそりと、でも何かを言いたげに。柳宗悦らが提唱した『民藝』を現代の時代性にアップデートあるいはチューニングするために、作り手は何を考え、どうアプローチしているのか。そして、新たに生まれる「変化」にどう向き合うのか。

民藝の作り手として活躍する人々の「暮らし」に対する思いや、制作についての考え方にフォーカスし、作り手であると同時に生活者として、ものづくりに携わる姿を追います。

第一回 備中和紙
備中和紙
丹下 直樹
TANGE Naoki
備中和紙 丹下直樹
対談
プロフィール
おかやま住宅工房 中川大
おかやま住宅工房
中川 大
NAKAGAWA Futoshi

04 「今」の生活と共にある民藝。

中川
中川 今までやったことのないことでやってみたいことがあれば、それは手を広げていく?
丹下
丹下 そうですね。
自分にできるかどうかはわからないですけど。
ぼく、本当は、紙漉きするだけの人間なんですよ。でも、自分で漉いた紙で祝儀袋を作って、店に置くと、よく売れるんです。
紙漉いて、切って、折って、梅結びまで作って。
ぼくの仕事じゃないけど、成り行きですね。
中川
中川 全工程に手をかけてるんですね。
丹下
丹下 絶対、紙屋の仕事じゃない所に手をかけてる。
研究所のDMとか、ポスターとか作るのも、絶対、僕の仕事じゃないですからね。
民藝を知らない人でも、自分の生活に関係あるなという糸口を見つけてもらいたい。
DMやポスターはそういう構成で、民藝を紹介するシーンの中で、現代的な新しいテーブルと椅子を使ってるんです。 そうすればサイズ感もわかるし、見る人の生活とイメージがつながって、ちょっとでも興味を持ってくれるかなと。
中川
中川 ご自身が作ったものとか、ほかの作り手が作ったものとかが、こちらの思いと違うように伝わったりすると、ちょっと残念だなという気持ちがありますか。
丹下
丹下 ほかの作り手の展示会DMとかを拝見しても、日常生活との繋がりがよく分からないんです。
民藝というのは、愛好家みたいな人はいますけど、それ以外の人からは、自分には全然関係のない世界だと思われているでしょう。
作っている側としては、日常的なものを作ってるつもりなんですよ。
でも作り手と使う人の間に、だいぶ温度差があるので、そこをどうやって埋めるかという時に、こういうポスターとかDMとかで、伝え方を工夫して、まずは来てもらう。
中川
中川 民藝を生活の中にどのように取り入れるか、作り手がプロデュースの視点から、もっと提案したらどうかということですね。
丹下
丹下 最初は値段にビビって帰ってもいいと思うんです。
でも、気になるから、もう一回見に行こうとなって、買うのが一年先でもいいと思うんですよ。
倉敷にも民藝館があるけど、ほとんどの人は、自分に関係ない場所だと思ってるでしょ。
そういう時にこんなポスターが、民藝館の壁にかかってたら、何かな?…と思うでしょ。
よく見たら猫の絵が描いてある。
猫好きだから入ってみよう、というふうに「きっかけ」にならないかなと思って作るんです。
そこらへんが、みんな、ものの紹介だけになってて、面白くないんですよ。
中川
中川 確かに「民藝」、民衆的工藝と言いながら、身近なものじゃないと感じてる人もいるのかもしれないですね。
丹下
丹下 山ほどいると思いますよ。
ある大学生の方が、「博物館に入っているもの。棚の中にある、昔の人が使っていたものというイメージがありました」と言っていました。
その学生さんがA4の箱入りの『KAMI』を見た時に、それまでの和紙の感覚と全然違うと感じ、そこから「民藝って何だろう」と調べ始め、「今普通に生活に取り入れられるものが、いっぱいある」と思うようになったと言っていました。
これはごく一部の成功例で、ほとんどの人は「自分には関係ない」という感じです。
中川
中川 もっと生活の中に取り入れてもらいたいということですよね。一般の人にも。
丹下
丹下 そうですね。和紙は難しいんですが、その良さや使い方を知っているのと知らないのとでは、ずいぶん違うと思うんです。
祝儀袋にしても「百均でいいか」というのと、地元の紙で作ったのとでは、気持ちが乗ってるか乗ってないかが表れると思うんですよ、多分。
中川
中川 和紙の種類によって書き味が…とまではなかなか言えないですけど、それが感じられたら日常にすごくゆとりがあるというか。
丹下
丹下 なんか、知的で豊かですよね。
たいていの人は店にある中で「これでいいか」となるんですが、その中に紛れ込ましてないとダメなんです。
そういう所にちゃんと入ってて、全然意識して使ってなかったけど、「地元のものなの!?」ということでもいいと思う。
それだと成功ですよね、生活に入っていってる。
そういうことが普段の生活のベースアップにつながっている。
そういうことを目指さないとダメだと思うんです。
中川
中川 ゆとりが違いますね。
そもそも「民藝」は民衆的工藝。
一つの思想ですよね。
丹下
丹下 最終的には宗教の話になりますが…。
ぼくは、それは目指してなくて、食器棚に倉敷ガラスもあれば、リチャードジノリもあっていいんです。
共存できた方がいいわけで、民藝なんてダサい、みたいなことの方がまずいじゃないですか。
作り手の仕事は変えなくてもいいですけど、
その時々で時代に合うか合わないか、調整しないといけないんだと思うんです。
「なんかこれ、ずれてない?」って、作り手同士で意見を言い合っていかないといけない。
中川
中川 民藝という言葉が生まれた時代だけを考えたら古いものという感覚だけど、それぞれの時代に合わせた何かがプラスされているのが民藝ということですね?
丹下
丹下 何かというのは、結局デザインだと思う。
中川
中川 自分の仕事って見えないから、畑の違う人に見てもらった方がいいですよね。
丹下
丹下 思ってもいないことを言われる方が、「そりゃ、そうだよな」と思いますよ。
中川
中川 備中和紙より丹下直樹という名前が前に出るようになったら…。
丹下
丹下 それは、仕事辞めた方がいいですね。
廃業しましょう(笑)。
ぼくは、限定とか、特別なものが嫌いなんです。
マクドナルドに行っても、新しいソースはいくらでもあるけど、バーベキューソースでいいです。普通のでいい。
ぼくも特別なものをいろいろ持ってたんですけど、ずいぶん手放しました、違うなって。
珍しい倉敷ガラスもあるんですが、本当に手元に置きたいものだけ残しました。
中川
中川 普通のものでも気づいていない違う面があって奥が深いということでしょうか?
丹下
丹下 新しいものには特別な部分が必要だと思うけど、自分が作る備中和紙で、この先全然違うものはたぶん出てこないと思う。
備中和紙の範疇の仕事。
新しいと言っても、どういう流れで出来上がったのかがわかる。
そういう仕事が普通にいい仕事だと思うんです。
普通の捉え方が人それぞれだから、わからないですけどね。
中川
中川 紙を漉く中で、時間と回数を積み重ねると、自覚的でないにせよ、身体や感覚を通じた変化はありますよね。
丹下
丹下 哲学的な話ですねえ。
それは絶対ありますよ。
でも単純に、ゲームをやった時に、最初は絶対できないと思っていたものが、やり続けているうちにクリアできるのと一緒だと思う。
ぼくは一日目から紙が漉けたけど、やっぱりただ紙の格好をしているだけのものなのか、機能性を持ったものなのかというコントロールは、今現在だとできるんです。
自分で漉いて貼って使っての繰り返しで、この紙には、この機能がいるだろうという判断のもとにやっているから、いい方に転んでるんだと思います。
中川
中川 そういうプラスアルファが出てくる限り、やり続けることができるということですよね。
丹下
丹下 これがね、やる気だけじゃどうにもならんのです。売れないとダメなんです。
作りたいものだけ作るのは趣味で、そこが難しいところ。
その解決の一つにデザインがあると思うんです。
目指したいのは、作り手が、使う人の生活全体を見渡して、商品をプロデュースする目線で、今の時代にマッチした感覚を民藝にプラスしていくこと。
見たことのないものを作る必要はないし、和紙に見えないものを作る必要もない。
でも何か和紙のいい形を提案してくれる人がいるので、それはそういう人に任せて、作るのはこちらで。
それがいいんだと思うんです。
僕は万能じゃないですからね。
【終わります】

ご愛読ありがとうございました。
次回は「倉敷本染手織研究所」に伺います。
お楽しみに。

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